Taste of Japan

ふくよかで香り高い、岡山県総社市のもものおいしさの秘密とは?

温暖な瀬戸内型気候に恵まれ、国内有数の果物の産地として知られる岡山県。なかでもももの栽培は盛んで、技術開発を重ねて多くの品種を生み出してきた。県内の生産地としては後発ながら、近年国内外から注目を集めているのが「総社もも生産組合」だ。若手の生産者たちが切磋琢磨しながら高品質のももづくりに挑み、アジアや中東への輸出にも積極的に取り組んでいる。組合長の秋山陽太郎さんに、ももづくりへの情熱やこだわりを聞いた。

岡山中南部に位置する総社市は、自然災害が少なく、気候が穏やかで安定しているため、ももの栽培には格好の土地だ。

大玉で香り高く、緻密な果肉は甘くてジューシー。海外からも高く評価される日本のももは、生産者たちの飽くなき情熱と努力の賜物だ。土づくり、枝の剪定、摘果(てきか)など、細やかな作業の積み重ねがおいしいももづくりには欠かせない。日本の代表的な産地のひとつである岡山県は、上品な白い肌と繊細な甘味をもつ白桃を生んだ地。ひとくちに白桃といっても、実にさまざまな品種がある。

ももは中国が原産とされる。日本で食用としての普及が始まったのは150年ほど前からで、日本のももの元祖といわれる白桃が岡山で生まれて以来、白鳳や川中島白桃など、多くの品種が誕生した。写真提供:総社もも生産組合

「私たちは、40ほどの品種を栽培しています。一般的に、出荷の最盛期は夏ですが、6月上旬から11月終わり頃までが収穫時期。長期間多品種をつくることで、個性の違うももを楽しんでいただけるのと同時に、生産者にとってはリスク分散にもなります」

こう語るのは、ももの専業農家により構成される「総社もも生産組合」で現在の組合長を務める秋山陽太郎さん。組合発足から50余年、最高級のももづくりに挑み続けた結果、全国に総社のもものおいしさが知られるようになった。技術の向上や新たなノウハウの取得に積極的な姿勢に惹かれ、県内外から新規就農を目指す若者も増えているという。

「総社は、岡山のももの産地としては後発地で、規模も小さい。だからこそ、生産量や価格ではなく、品質を高めて勝負するというのが、組合発足時からのポリシーです」

秋山さん(左)と、生産者仲間の長谷川伸さん(右)。長谷川さんは三重県出身で就農3年目。「まだまだ勉強中ですが、おいしいももが実った時の喜びは格別」だという。

取材時の8月中旬は、「白麗」「ゆうぞら」「幸茜」など、とりわけ多品種ラッシュの収穫期。畑のひとつを案内してもらうと、袋掛けされたももの実が鈴なりで、木の周りには青々とした草が生い茂っている。

「ももの木は過度な水気に弱いため、草に水を吸ってもらって水分調整をしています。草の根が伸びたり枯れたりを繰り返すことで、土も柔らかくなります」

草に守られているようなももの木。白桃は袋掛けすることで傷や裂果が防がれ、色白の美しい肌になる。ももの品種ごとに特性が違うため、袋の種類もさまざまだという。

ほかにも、肥料は最低限しかやらない、枝の剪定も弱めにして木が自然に伸びようとする姿を大事にするなど、「ももの木自身のもつ力を最大限に引き出す」ことが栽培のこだわりだ。肥料のやりすぎや剪定のしすぎは、かえって枝葉の伸びすぎを招き、木の下のほうまで日が当たらず実の品質にムラがでる。弱い剪定だと自然に枝葉の成長が止まり、まんべんなく日が当たって下のほうまでおいしい実になるのだという。

鳥の被害から守るため、ももの木には幾重にも細い糸を巡らせて囲っている。羽がぶつかるのを嫌がるため、効果は絶大。無事大きく成長している姿に、秋山さんの顔もほころぶ。

総社のもものいちばんの特徴は、「木の段階で待てること」だと語る秋山さん。“待てる”とは“完熟させる”ということ。ももは熟す前に収穫し、市場に出回ってから追熟させることが通常だが、秋山さんたちは買ってすぐにおいしく食べられるももを目指した。

「どうしたら最高の状態のももを食べてもらえるだろう? 試行錯誤の上に辿り着いたのが、肥料を少なく、剪定を弱くという方法のほか、“摘蕾”(てきらい)という蕾の間引きを徹底することでした」

一般的には、ももの実が小さい段階で間引く“摘果”の作業を行うが、総社では蕾の段階で9割は間引いてしまう。1本のももの木には15〜20万個もの蕾が付くが、最終的に残るのはわずか1000個ほど。

「花を咲かせるには、大量のエネルギーが必要です。最初に蕾の数を少なくしておくと、そのぶん栄養が行き渡り、実の細胞の数がすごく増える。そうすると、肉質がきめ細かくなって、糖度も乗りやすくなります。みっちりと密な果肉は柔らかくなりにくいため、最高の状態になるまで“木で待てる”んです」

ももは傷つきやすいため、そっとやさしく手を添えてもぐ長谷川さん。収穫しているのは組合オリジナル品種の「陽だまりの詩」。大玉でとびきり甘いのが特徴だ。

秋山さんは常温で食べるのが好きだというが、冷たいほうがが好きな人のために、おいしい食べ方を教えてくれた。

「冷やしすぎると香りがとびやすいので、食べる直前に氷水に10分くらい浸けるか、冷凍庫に5分くらい入れてください。そうすれば風味を損ねず、口に入れるとふわっと立ち上る香りも楽しめます」

素人目には区別がつきにくいが、左から香りが強い「ゆうぞら」、甘味が強い「白麗」、香りも甘味も強い「幸茜」。いずれも、8月上旬から中旬が旬の品種。

木で完熟させるからこそ、収穫後の選果作業は機械を使わず、すべて手作業で行うというのも秋山さんたちのこだわりだ。熟れたももの実を機械に通すと傷みやすいことに加え、人の手を介さないと分からない部分を大事にしているため、生産者も選果場スタッフも高い選果技術をもっている。

たとえば、ひとつの実の糖度にムラがある場合でも、センサーは測った箇所だけで優劣を判断してしまう。総社の選果場では毎日、膨大な数のももを切って味見することで、熟度や硬度を感じ分け、機械の数値だけでは測れない、実際に人が食べて感じるおいしさを記憶していく。熟練スタッフは、ももを見て触っただけで、誰のどの畑で生産されたものかまで分かるという。こうした栽培のこだわりと選果の確かさが、総社のもものブランド価値を高めている。

選果場で出荷前の最終チェックをする秋山さん。倍率の違うふたつのルーペを使い、わずかな傷も見逃さない。糖度計は補助的に使用するのみ。

その評判は海外でも高まり、現在は組合の生産量の約1割を輸出している。

「本格的に輸出に取り組み始めたのは10年ほど前。香港・台湾・シンガポールを中心に、インドネシアやアラブ首長国連邦など、徐々に販路が広がっていきました。昨年からはEUにも輸出しています」

日本産のももは、海外では総じて高級品という認識でギフト需要が高い。総社のももも同様で、とりわけ中華圏では中元節・中秋節に合わせた出荷であることから、大切な人への贈り物として喜ばれている。中東では高級リゾートホテル、EUでは日本食ブームの影響から日本料理店での利用が多いという。

総社では東京の大田市場などの仲卸を通しての間接輸出を行っており、台湾の輸入業者からは、こんな反響も寄せられている。「甘さ、香り、見た目の美しさなど、日本のももは品質が素晴らしい。さまざまな産地のももを輸入していますが、とりわけ総社のももは評判がいいですね。香りが濃厚で、食感が滑らか。繊維をあまり感じさせず、口に入るとすぐにとろける感じがたまらない。栽培への並々ならぬこだわりの賜物だと思いますので、大変でしょうが、ずっとそのこだわりを持ち続けてほしいです」

繊細なももを輸出する際は、温度差や湿度差がなるべくでないよう、高級ワイン用と同じ資材を使用。吸湿性の高い分厚い紙の箱に入れ、緩衝材でしっかりガードする。

若い世代の仲間が増え、勉強会などでお互い切磋琢磨する気風がますます強まっている総社もも生産組合。耕作面積も徐々に拡大しており、産地としての存在感はさらに高まっていくはずだ。

「今後は、さらに多くの国々で日本のももが高く評価されるよう、おいしさをとことん追求していきたい」と、秋山さんは力強く語る。総社もも生産組合のような情熱に満ちあふれる生産者たちが生み出す日本産のももは、今後さらに多くの国内外のファンを獲得していくに違いない。

参考:日本青果物輸出促進協議会
文・高瀬由紀子 写真・蛭子 真

岡山県総社市
総社もも生産組合

1968年に、「日本一の桃づくりと高収益・経営安定」を目的に発足。現組合員数は12戸、栽培面積は15.6ヘクタール。小規模ながら、新たな技術やノウハウを積極的に取り入れてより高品質な桃づくりに挑む、平均年齢41歳の活気あふれる少数精鋭集団。海外でも評価は高く、輸出先はアジア、中東、EUなど、年々広がりをみせている。

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