Taste of Japan

日本とスペインの精神、そして懐石に魅せられたアルゼンチン人シェフによる、炭火焼きの新解釈

アルゼンチンから日本、そして香港へ。地球の裏側からやって来た情熱あふれる若きシェフ、アウグスティン・フェランド・バルビ氏が率いる「ANDO」は、日本料理の看板は掲げていないが、懐石や旬の哲学、おもてなしの心などを深く理解し応用しながら、日本産食材をふんだんに使った独自の料理を生み出す注目のレストランだ。いま香港でじわじわと人気を博している“炭火焼き”の手法を用いながら、彼ならではの炭火焼きの技法と魅力を探ってみたい。

2020年7月に香港の中心地、中環にオープンしたANDO。先日発表された「ミシュランガイド香港マカオ2022年版」では、昨年に続きミシュラン1つ星を獲得している。
ANDOのオーナーシェフは、アルゼンチン出身のシェフ、アウグスティン・フェランド・バルビ氏。2016年から香港で2軒の人気店の料理長として活躍してきたバルビ氏にとってANDOは、初めて実現させた自らの店だ。
「ANDOは日本料理店ではありません。スペイン系アルゼンチン人の家庭に育った私のベースであるスペイン料理と、私の料理人生におけるシェフとしてのアイデンティティに深く刻まれた日本料理が核となって生まれた、独自の料理を出しています」

アルゼンチン出身のオーナーシェフ、アウグスティン・フェランド・バルビ氏。日本での修業時代に「外国人は自分だけという厨房でのサバイバルのために」身に付けた日本語を流暢に操る。

ANDOとは英語の「~ing」にあたるスペイン語と、日本語の「安堵」の両方の意味を持ち、常に革新を止めないけれども肩肘張らずに食を楽しめる店を目指しているという。「将来はミシュランシェフになる」と19歳で決意したバルビ氏は、ブエノスアイレスで有名な日系料理店で見習いシェフとなり、魚料理と日本料理への興味を抱くことに。
「アルゼンチンは肉食文化が強く、魚料理はほとんど存在せず、多くの若いシェフが目指すのはヨーロッパ。人と違うことがシェフとしての強みになると確信して、私は日本で魚を学ぶことにしました」
日本で「トロワグロ」などの一流フレンチで勤務後、「日本料理 龍吟」で学ぶ機会を得て、日本料理の奥深さ、特に懐石の哲学と高品質な食材に心酔する。その後、新オープンのシーフード料理店で初の料理長のポストに誘われたことがきっかけで、香港へ。ANDO開業前には、大阪の三つ星料理店「日本料理 柏屋 大阪千里山」の松尾英明シェフ(日本食普及の親善大使)が監修した日本料理店「HAKU」で料理長を務めたことで、さらに奥深く懐石を学ぶ機会を得た。

賑やかな中環の喧噪をすっかり忘れさせてくれる、落ち着きのあるインテリア。ゲストは食と会話に集中することができる。

世界中の料理と料理人、味にこだわりのあるゲストが集まる食の都、香港。特にここ数年の一番人気は日本食で、3000店以上の日本料理店がひしめいているが、なかでも焼き鳥、炉端焼きなど、日本の炭火焼きを扱う店のオープンが続いているのは注目に値する。
そんな炭火焼きブームをいち早くリードするのが、HAKU時代から日本ならではの炭火焼きを極めていたバルビ氏だ。「アルゼンチンといえば、木材を使った屋外での豪快な丸焼き“アサド”が大切な食文化です。私が日本の炭火焼きに感銘を受けたのは、肉を小さく切ってから串を刺すことで、肉を自在に動かしながら細かく焼き具合を調整できること。そんな日本の炭火焼きの手法に、アサドらしい煙の風味も加えようと、炭に桜のウッドチップを振りかけています」
火をおこす時から、左から右へと炭の温度が徐々に高くなるように調節しておき、瞬間的な肉の変化を見逃さず、肉を動かし続けるバルビ氏。この日は脂の乗ったA4熊本牛を使用しているので、時には肉の芳香が凝縮された脂が流れ出して、音を立てながら炎を立ち上げる。炭ならではのうま味成分を含んだ煙と、桜材が燻されて生まれた香ばしい煙が混ざり合うと、バルビ氏は、それをさらりと絡め取るように肉の表面に纏わせていく。日本とアルゼンチンの食文化を融合させたバルビ氏ならではの炭火焼きは、こうして完成する。

熊本牛を串に刺し、炭火焼きをしながら桜材のチップを振りかけるバルビ氏。アルゼンチンのアサドと違って、日本の炭火焼きはコンロもポータブルなのも合理的で気に入っているという。

仕上がった熊本牛は、外がカリッと香ばしく、中は柔らかく濃厚な赤身の味わいが引き出されて、一口ずつ至福の味わいに。付け合わせには旬な野菜を必ず添えるが、今回は鮮やかな春野菜とそのピューレ。牛の骨と共に、春野菜の切れ端を一緒に煮込んだソースをかける。長野県産のこごみ、魚沼産のタラの芽に加えて、つぼみ菜や菜の花は福岡県産で、珍しいむくろじ大根は、香港の有名シェフからも評判の福岡県糸島の農園から届けられていて、野菜のぬめりや、パリッとした食感など、新鮮な食材の多彩な食感が揃う。早春を想起させる繊細な苦みと肉のうま味が口の中で溶け合って、美味しさの幅がさらに広がっている。

炭火焼きとアサドを融合させたメインディッシュは、少年時代、毎週日曜日に庭で家族や友人たちと楽しんだアサドの思い出にちなんで“RISAS DEL JARDÍN”(庭での笑い)と名付けられている。

「日本では、プロの料理人ではない家庭の主婦でも、旬を当たり前に把握していることに感動しました。私も日本で暮らしているうちに自然と旬の知識が身につきました」
バルビ氏の真骨頂は、ANDOのあらゆる面に散りばめられた日本のエッセンス。一見、西洋料理の要素が強いメニューを揃えているようだが、たとえば米料理を最後に出すなど、懐石の順序に従ってコースを構成している。
「日本料理の文化を知らなくても楽しめるし、知っていればさらに納得する」とバルビ氏。さらに、「実はANDOの全メニューの調理に、普通なら水を使うところに、すべて出汁を使っているんです」という隠し味を超えた徹底的なこだわりも持っている。

早朝に注文すれば夕方には厨房に日本からの食材が届くほど、日本と香港間での食材の流通経路は確立されている。ANDOでは、福岡の市場を本拠地にして、日本全国からシェフにインスピレーションを与える肉、魚、野菜、果物、乾物、調味料などあらゆる食材を取り寄せる凄腕サプライヤーが活躍している。

もちろんバルビ氏が得意とする魚も日本産が中心。お店のメニューに欠かせない刺身に使われているのは、バルビ氏が信頼する福岡県の漁師に毎回お任せで選んでもらっている魚だ。それらが厨房に届くやいなや、日本人の奥様から誕生日プレゼントとして贈られた、京都の名匠にオーダーした自慢の包丁を使い、バルビ氏が巧みにさばいていく。
「私が日本産の食材を深くリスペクトしている理由は、質の高さだけではありません。収穫されてから手元に届くまで、ひとつの食材に関わる多数の人たちが、愛情をたっぷり注いで丁寧に扱ってきたことが見ただけで伝わってくるのです。だから私たちも感謝を込めて食材を扱わなければとスタッフにも伝えています。そういう姿勢は確実に美味しさとして料理に表れますから」
ANDOの中で、もうひとつ大事な日本的要素が、スタッフのサービスに行き届いている「おもてなし」の心。お客様のニーズを予想して動く、ディテールにこだわる、お客様への感謝を表現する、という3つの心構えを、繰り返しスタッフに伝えているという。

”PARTIR”(旅立ち)は、バルビ氏が魚料理を学ぶために故郷から旅立ったことにちなんだ刺身料理。福岡で獲れた魚を使い、この日はハガツオ。漬け込む際に黒オリーブを使うのがバルビ氏流。刻んだバッテラ昆布が優しい潮の香りを漂わせ、パンチの効いた木の芽の香りで締めくくる。ガラス皿は海をイメージして選んだ。

バルビ氏がシェフを目指したきっかけになったのは料理名人の祖母LOLAさんの影響。開店以来、必ずメニューに含まれる代表料理”SIN LOLA”は、祖母の味をベースにしたリゾット風の一品。今の季節はブルーロブスターの殻とアサリ、アルゼンチンのソーセージChistorraなどで出汁をとり、米は食感のいい北海道産のゆめぴりかを使用。季節によってはホタルイカやアワビ、アミガサダケなどを使用することも。

10代の頃に誓ったミシュランシェフになる夢は、すでに叶えた。
「ANDOをさらに磨きつつ、おもてなしについての理解を深めるために、茶道の哲学をこれから学びたいと考えています」
世界を飛び回った日々から、腰を据えて成熟の段階へ――といっても、まだ33歳という若き才能溢れるバルビ氏。果敢に異文化に飛び込み、日本料理と文化を吸収し、独自の感性で昇華させてきた彼ならではの新たな解釈は、香港のみならず世界の料理人やグルメ達にさらに波及し影響を与えていくことは間違いない。

文・甲斐美也子 写真・What the Fox Studio

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