Taste of Japan

京料理人、林大介氏による本流懐石料理の店「露結」がロンドンに開店

日本料理界の第一人者のひとりとして、2019年より日本食普及の親善大使を務め、各国首脳のための日本料理の提供や、航空機のファーストクラスやビジネスクラスの機内食を監修してきた林大介さん。昨年末、満を持してロンドンに、林さん自身が手がける懐石料理の店「露結」がお目見えした。開店前からその準備の様子が店のインスタグラムを通して発信され、料理だけではなく店内の細部までこだわりが深く、多くの食通たちの関心を集めていた話題の店だ。

美しい一枚板のカウンターは樹齢300〜400年とも言われる日本産の檜から切り出されたもの。

「露結」はロンドンで初めてと言っても過言ではない本流懐石料理の店だ。オーナーシェフの林大介さんは18歳で京都の老舗料亭「菊乃井」の三代目村田吉弘さんに弟子入りし、その後「菊乃井赤坂店」の副料理長として活躍。独立後の2008年には、洞爺湖G8サミットにおいて日本料理の責任者を務めるという大躍進を遂げた。そして、これが林さんがロンドンへ進出する大きな足がかりとなる。サミットで日本料理を堪能し、感銘を受けたVIPのなかに当時の英国首相ゴードン・ブラウン夫妻がいて「彼らが私をロンドンでレストランをプロデュースするアラン・ヤウ氏に推薦してくれたのです」と林さんは語る。

2000年代のロンドンで、ヤウ氏といったら飛ぶ鳥を落とす勢いの存在だった。高級中華料理の店「ハッカサン」を皮切りに、手がけるレストランはすべて大当たり。どこも予約が取れない店となり、その人気はとどまるところを知らなかった。そんなヤウ氏が自らはるばる日本までやってきて、これからスタートさせる日本料理店の厨房を率いてもらえないかと林さんに直談判したという。そこで林さんは、現在も「大将」と呼び、尊敬し慕い続ける「菊乃井」の村田さんに相談。その大将から言われた「これからは日本料理を世界に広めていく時代。だから先陣を切って海外に出るべきだ」という言葉に背中を押され、2009年にヤウ氏の手がけるレストラン「SAKE NO HANA」のシェフとしてロンドンに拠点を移すことになった。

「SAKE NO HANA」は、当時のロンドンで数少ない高級日本料理レストランのひとつだった。だがその料理は、林さんがそれまで手がけていたものとは全く違ったという。「純粋な日本料理ではなく、いわゆるフュージョン料理。でもそれが当時は日本料理として受け入れられていたために、本物を食べてもらっても理解してもらえない状況でした」。そういった環境のなかで求められる料理と、自分が追求してきた日本料理と、何とかバランスを取りながら試行錯誤する日々だった。

しかし、その後10年余りでロンドンの人々による日本料理の受け止め方は飛躍的に進歩したという。2019年には林さん自身が日本食普及の親善大使に任命され、より日本料理に対する責任と役割を担うようになった。「今では日本でお出しするものと全く同じ料理でも、とても喜んでいただけるようになりました。日本を旅して、懐石料理の素晴らしさを知ったイギリスの人たちも少なくありません。また、現在はインターネットで世界中の情報が即座に手に入るからというのもあるでしょう」。そういった時代の流れを経たいまだからこそ、この本流の懐石料理の店「露結」のオープンは機が熟したとも言えるだろう。林さん自身も、いまだからこその開店に「意味がある」と語る。

店のコンセプトは「京料理」。林さん自身のルーツである「菊乃井」の精神は、料理だけでなく空間やしつらえ、器にまで貫かれている。近年、ロンドンのハイエンドな日本料理店では料理人がその日のメニューを決める「おまかせ」が一種のトレンドとなっていて、「OMAKASE」は今やロンドンの食通には説明なしに伝わる単語だ。しかし林さんは「日本料理、懐石料理には、料理を出す順番や様式がある。それにきっちりと則って料理を出すこと」にこだわっているという。
また、「露結」で使われている器や塗り物、箸に至るまで、食を演出する品はすべて日本産だ。店の内装は数寄屋造りの設計で世界的に知られる中村外二工務店に依頼し、職人さんたちを日本から呼び寄せて施工した。京都で100年以上保存されていた日本産の木材の数々を使用して作り上げられた空間は、一歩入るとまるで日本にワープしたような感覚に陥ってしまうほど。ここまでのこだわりはロンドンのレストランでは前代未聞だと心底驚いてしまうのだが、林さんは「当たり前のこと」と静かに語る。「きちんとしたものを、きちんと伝えたいならば、本物を持ってこないと駄目なのです」。配置された物が作り出す空気感や、触れた時の素材の感覚すべてに心を配る。とはいえ、押し付けがましさとは無縁。凛とした美意識が貫かれている。

「露結」のマークとして使われているウサギは、中国の思想家である荘子の禅語「忘筌」に出てくる。

「料理とは理を料る(ことわりをはかる)こと」と林さんが引き出すのは、北大路魯山人の言葉だ。魯山人は「どこまでも理を料ることで、不自然な無理をしてはいけないのであります」と説明している。その言葉を受けるように「ここは日本ではないのだから素材の違いや季節感が異なるのは当たり前。日本の食材がないから、日本の四季が感じられないから、日本料理はできないというものではないのです」。
魚介類や野菜は、生産地や生産者を厳選してイギリス各地から最良のものを手に入れている。どうしても日本産でなくてはならないと取り寄せているのは、日本料理の基本ともなる出汁を取る昆布や米、醤油など。また柚子やすだちなど日本ならではの香りをもたらす柑橘なども日本産であることが譲れない食材だと言う。イギリス産と日本産と、最良のものを選び、それらを織り交ぜながら料理を仕上げていくのだ。
オープンして間もないが、現在「露結」を訪れる多くは日本人ではない人々だという。「西洋料理とは違い油を一滴も使っておらず、こちらの人々の好みにはまったく合わせていないのですが、とても満足してもらっています」。ここまでこだわり抜いた、本物のしつらえと食は国境を超えて感激をもたらすのだろう。

これからの日本料理の未来や食のあり方を考える林さん。

ラウンジの空間にも屏風や盆栽など日本ならではのしつらえが施されている。

また、林さんの心の中には「日本料理の素晴らしさを広く伝える」というミッションが常にあるという。イギリスの若い世代にもその味を広く伝えるために「食育」の活動もしており、イギリスの学校給食に日本料理を取り入れることや、若い世代が日本料理を楽しめる場を設けることなどの目標もある。この10年でロンドンそしてイギリスでの日本料理への認識と理解は大きく変わったが、さらに10年後は、どういった形で日本食がイギリスのみならず世界で受け入れられているのか、楽しみだ。

シックな黒いファサードとうさぎのマークがポイントの店外観。

文・坂本みゆき 写真・富岡秀次

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