Taste of Japan

日本の風土をフレンチに新解釈、日本産食材を驚きの味に変える

大手町のビル群と、皇居を包み込む豊かな森。2020年9月に開業した「フォーシーズンズホテル東京大手町」の地上39階にあるフレンチレストラン「est」からは、東京の美しい景色を一望することができる。
「つい先日、ミシュランの星を獲得したんですよ」
フランス人シェフのギヨーム・ブラカヴァルは、オープンキッチンで赤ワインソースをゆっくりとかき混ぜながら顔をほころばせている。彼の相棒とも呼ぶべき、イタリア人のペストリーシェフ、ミケーレ・アッバテマルコも、隣で同じ微笑みを見せる。

ギヨームもミケーレも、フレンチの名店「トロワグロ」の日本支店で、7年半を共に過ごした。「トロワグロ」といえば、50年連続でミシュラン三ツ星を獲得したというフランス・ロワンヌ地方の名店であり、今回の星はふたりにとっても嬉しいニュースだったに違いない。日本の料理に憧れて来日したというギヨームは、前職で日本人シェフと巡った魚市場に衝撃を受けたという。
「水揚げされる魚の種類の多さ、そしてクオリティに驚かされました。活け締めをすることや、活きたまま魚を運搬するなど、フランスでは出会ったことのない生産者の情熱に触れました。憧れだった日本には、想像を遥かに超える食文化があったのです」

キンキの一夜干しをスチームし、上面だけをカリカリに焼いて仕上げる。ゴボウやキノコを使った出汁をかけていただく。ゴボウとエシャロットのタプナードも添えて。

北海道産のキンキを、和食のように一夜干しした後でふっくらとスチームし、皮をカリカリに焼いて仕上げる魚料理は、日本の味をフレンチに転換した1皿だ。ゲストの目の前で、ゴボウとキノコの温かい出汁を注ぐと、海と大地の豊かな香りがふわっと立ちのぼる。ギヨームが手がける肉料理もまた秀逸で、肉質と味をしっかりと感じられるように脂身が抑えられている良質な肉を探し、出合ったという和歌山県の熊野牛に、繊細な味わいの自家製の柚子胡椒をたっぷりと塗る。さらに、浅漬けをイメージした色とりどりのカブを添えて完成するひと皿には、4時間かけて作った赤ワインソースを食べる直前にかけてくれる。香ばしいパンに添えられるのは、バターではなく日本産のオーガニック大豆のフムスだ。それぞれが、口の中で優しく広がり、その余韻はどこまでも続いていく。ひと口のなかに、いくつもの物語を感じさせてくれるような味だ。

和歌山県熊野牛のテンダーロインに、シェフ自家製の柚子胡椒やカブを添えた一品。

じっくり煮込んだ赤ワインのソースを温めるギヨーム氏。

手作りの柚子胡椒に辛味はほとんどなく、フレッシュで爽やかな味わい。

薄く切った色とりどりのかぶを、一枚一枚丁寧に並べる。

「日本で暮らし始めて、少しずつ日本産の食材を研究してきました。フランス料理として日本産食材を解釈したら、どうなるのか。生産者と話すこと、旅行に出かけること、日本人の妻が作る家庭料理も、日々の小さな出来事もそのまま勉強になるんです。あたり前のことですが、季節に合った食材を優先することや、日本産食材が持つ繊細な味のバリエーションを引き出すために、塩味を強くしないようにしています」

また、ギヨームが楽しみにしているのは、さまざまな種類を誇る日本の柑橘類。特に酸味を大切にする彼の料理には、柑橘類は欠かせない食材だと言う。デコポン、柚子、金柑、日向夏、ポンカンなど、日本では時期によって異なる柑橘が出てくるのが面白くて、柚子胡椒や、ポン酢といった調味料も手作りしている。そんな柑橘類の豊富さは、料理の酸味にも豊かなバリエーションをつけてくれる。お客さんの目の前で仕上げのソースをかけるのは、ほのかに立ち上る香りまで楽しんでほしいから。
「わたしの料理には、フランス人である自分のアイデンティティも文化も、これまでの経験すべてが注ぎ込まれています。私と同じように16年も日本に暮らしているミケーレも、きっと一緒。私の料理もミケーレのデザートも、文化の融合であると同時に、私たちが日本人に見せたいアイデアとして表現しているんです」

真っ白な生のマッシュルームを花びらのように飾りつけるミケーレ氏。

ため息が出るほど美しく繊細なデザート。コーヒーでコーティングした 梨のコンフィチュールとムースに、フレッシュなマッシュルームのスライスを纏わせる。 共にセップ茸のアイスクリームとキノコ型のチュイールがサーブされる。

デザートを担当するミケーレもまた、日本の野菜や果物にこだわったオリジナルのコンディメントを作っている。
「ギヨームと同じく、種類豊富な柑橘類や季節のフルーツを、私はデザートのやり方で、コンポートやコンフィ、セミドライなどに加工してベースを作ります。デザート作りには欠かせない砂糖も、日本にはその種類が豊富で驚きました。甜菜、キビ砂糖、黒糖、和三盆など、これまでの概念を覆されるような甘味がとても面白い。自然の甘味に合わせ、自身のレシピを再構築していきました」
植物由来の繊細な甘味を、日本の野菜にも見出したミケーレは、デザートに野菜を使用しているのも特徴的だ。薄くスライスされた無農薬のマッシュルームが、真っ白な花びらのように洋梨のムースを包み込み、瑞々しい野菜の香りとほのかな甘味が、濃厚なデザートの味を閉じ込めている。日本のフルーツの上質さは言うまでもない、と語るイタリア人のミケーレを驚かせた野菜は、日本産のトマトだ。
「イタリアにはないトマトにたくさん出合いました。次々と新しい品種のトマトが生まれていて、味わいの幅も広がっています。それに、日本は野菜の種類もとても多い。アーティチョーク、ズッキーニ、フェンネルなど、外国品種でも、日本で育てたらどこか繊細な味に育つのが不思議です」

メニューのほとんどが日本産食材を用いて料理されている。生産者への信頼や愛情も深く、多種多様な食材と日々向き合っている。

当たり前のようにオーガニック食材で育ったというギヨームも、食材への情熱が熱いミケーレも、ふたり共パパとして子育て真っ最中でもある。子どもたちの健康や未来を考えるなかでも、安全な食材であることや無駄に廃棄しないなど、環境への配慮にも真剣に取り組み、料理とデザートで連携した調理を心がけている。

日本人も知らないような珍しい食材に出合うとワクワクすると語るふたりは、「シェフの仕事は、食材のプロモーションでもある」と言い切る。テーブルに添えられたゲストへのメッセージカードの裏には、日本地図の上に生産者一覧が描かれている。北海道の水産会社、秋田のヤギミルク、千葉のアーティチョークに山梨の卵……。地図には、レストランで使用されている日本産の食器やナイフの産地までもが記されている。さらに驚くのは、ワインリストにラインナップされた日本のミネラルウォーターの種類。京都「山崎の水」、奥会津の「天然炭酸の水」などなど、知る人ぞ知る名水が美しいボトル写真とともにずらりと並んでいる。

「素材がなければ、料理はできません。だから、レストランが手にしたミシュランの星は、生産者の方々のものでもあるのです。食材やモノが育つストーリーも全部含めて、料理に反映したいと思っています」
情熱的に語るギヨームと、頷きながら目を合わせるミケーレ。日本の自然、伝統、文化、季節を新解釈したすべての皿には、ふたりの深い愛情も込められ、訪れた人をいつも驚かせてくれる。

どの席からも東京の景色が一望できる美しいレストラン店内。日常を忘れて、上質な食事を楽しむことができる。

文・須賀美季 写真・寺澤太郎

ギヨーム・ブラカヴァル/ミケーレ・アッバテマルコ

フランス・レスカン出身。パリの「ランブロワジー」、「アルページュ」など三ツ星の名門を経て、「キュイジーヌ ミシェル・トロワグロ」東京のエグゼクティブシェフに。2020年より「フォーシーズンズホテル東京大手町」のフレンチダイニング「est」のシェフ・デ・キュイジーヌに就任。2022年東京版ミシュラン一ツ星獲得。芸術的な思考を大切にし、日本の産地の食材に敬意を称して革新的なフレンチを提供する。



イタリア・モンフェッラート出身。イタリアの料理学校を卒業し、パリの三ツ星レストラン「ルカ・カルトン」、他イタリア、モナコなど数々の名店で腕を磨く。2005年に「アンティカ・オステリア・デル・ポンテ」の東京店のペストリーシェフとして来日。その後、「キュイジーヌ ミシェル・トロワグロ」東京へ。2020年より「フォーシーズンズホテル東京大手町」のフレンチダイニング「est」のペストリーシェフに就任。繊細な味わいと、綿密にデコレーションされた芸術的なデザートを作る。

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