

100%ヴィーガンの人気ブーランジュリーが作る日本産米粉パン
フランスに20店舗、東京に4店舗を構える人気ブーランジュリー&パティスリー「Maison Landemaine」が昨年、100%植物由来の商品を提供する完全ヴィーガンの店「Land & Monkeys」をオープン。瞬く間に話題の店となったが、この店で人気なのが、鹿児島県産の米粉を用いたセミハードパン。オーナーでパン職人の石川芳美さんが米粉の酵母作りから開発に取り組んだ自信作だ。芳美さんの米粉との出会いは2018年、米粉をヨーロッパで広めるため、日本食品海外プロモーションセンター(JFOODO)の日本産米粉のアンバサダーシェフに就任したことがきっかけだ。今年6月にオープンした、マレ地区の最新店で米粉の魅力について話を伺った。

「Land & Monkeys」チュレンヌ店は、パリの5店舗目で最新店。
昨春、1号店がオープンして以来、すでに5店舗を開店した「Land & Monkeys」では、ランチタイムを過ぎてもなお、パンやお菓子を求める客で賑わっている。「Land & Monkeys」の特徴は、バター、牛乳、チーズ、肉や魚などは不使用で、100%植物由来の商品のみを提供していることだ。
「私たちが自信を持っているのは、動物性の素材を使わないのに、フランスのブーランジュリー、パティスリーを完全に再現していること。お客さんの約3割が、ヴィーガンやべジタリアンの方。ヘルシー志向の方も多いですね。他にも『美味しいから』という理由で買いに来てくださる方や、近所に住む方も多いですね」とオーナーの芳美さん。

石川芳美さんは、2002年より在仏。BIOの小麦、ナチュラル酵母など原材料にこだわりを持つ。2007年にMaison Landemaine第1号店を夫のロドルフ・ランドゥメンヌ氏と共にオープン。
なかでも、グルテンフリーの米粉パンは、売れ筋商品のひとつだ。特にチョコレート味が人気で、ショーケースに並べた途端、飛ぶように売れていくという。セミハードのこのパンは、酵母から芳美さんが開発したものだ。
「2018年、日本産米粉のアンバサダーの依頼があった際、米粉に初めて触れました。私は小麦のプロですし、それまでは米粉に興味がありませんでした。ただ、せっかくなら、きちんとしたものを作りたいと考え、まずは米粉の天然酵母作りに取り組みました。すると、お酒のような発酵臭がする、面白い天然酵母が完成。そこから本腰を入れて取り組みたいと思い直し、日本産米粉のアンバサダーに就任することになったのです」
外はカリッと香ばしく、中はもちもちとした米粉のパンは、小麦のパンにはない珍しい食感だ。芳美さんは、ブリオッシュのようなふわふわのパンより、お店で人気のハード系のもの、店の窯でも焼けるものを作りたかったという。
「米粉のセミハードパンは珍しいですし、形や食感も新鮮。この食感が受け入れられるか少し心配でしたが、フランス人に試作品を食べてもらったところ、この食感がいい!という意見が多く、商品化に至りました。じわじわと人気が出て、いまでは非常に売れている商品です」

米粉のパン。チョコチップ入りは店の人気商品のひとつ。黄色はターメリックとドライフルーツ入り。

この食感と味にたどり着くまでに、何度も試作を重ねたと話す。

この米粉で作ると外はカリカリ、中はモチモチのパンが出来上がる。

Land & Monkeysで扱う日本産米粉。多くの米粉はでんぷん質が邪魔をして、ふわりとさせるのに苦労したという。
米粉は鹿児島県産のものを使用している。日本産米粉のアンバサダーになった時に、いくつもの米粉のサンプルで試作をし、給水や火の通り方など、全てがベストな米粉を採用。
「ずっと同じ米粉を使っています。日本の米粉は主に和菓子用なので、でんぷんの粒子を壊さないように挽くそうですが、あえてでんぷんの粒子を壊すように挽いている米粉に出合い、きれいに空気が入ることで、私の望んだ食感を出すことができました。他の米粉では中央がお餅のように、ベチャッとなってしまうのです」
当時はグルテンフリーのニーズが少なかったというが、「ここ数年で、グルテンフリーの商品を求める方が急激に増えました。Land & Monkeysを立ち上げる際にも、米粉のパンやその他グルテンフリーの商品は初めからラインナップに考えていました」
Land & Monkeysを開店したきっかけは、持続可能な環境のために、7年前に夫婦でヴィーガンになったことから。パンに用いる素材は地産のオーガニックのものを選ぶ、というのもこだわりだ。
「環境に配慮し、店で使う包材はプラスチックゼロ。代わりにクラフトペーパーなどを使っています。仕入れ先にもプラスチック容器に入れないでほしい、と頼んでいます。ゼロ・ウェイストも目指していますので、野菜の切れ端や果物の皮は週2回、コンポストの素材を集める業者が回収。また売り上げの一部を、環境保護や動物愛護などの団体に寄付もしています」

お店のスローガン「正しい夢を見て、楽しく食べよう」。動物性タンパクを取らないことで、CO2の排出量が大幅に削減できるということを知り、環境のために7年ほど前から夫婦でヴィーガンに。

美味しそうなケーキももちろんヴィーガン。季節のフルーツなども使う。

ハードタイプからヴィエノワズリーまで、豊富に種類が揃う。
一方、「Maison Landemaine」では米粉以外にも様々な日本産食材を取り入れている。「Maison Landemaineのコンセプトは、日仏2カ国を表現すること。そのため、多くの日本産食材を使います。Maison Landemaine では、パンだけではなくお惣菜やサラダといった軽食も販売していて、2021年の夏には、錦糸卵と野菜のちらし寿司を『東京ボウル』という名前で出したり、カレーライスや、ほうれん草の胡麻和えを出したこともあります。また今年の年末年始のお菓子は、桜がテーマ。白餡や桜の花、葉の塩漬けを用い、創作しました。フランスの他のブーランジュリーやパティスリーは、日本の食材の正しい使い方がわからない。和風のものは作れますが、和の本物の味にはなりません。その点、Maison Landemaineの強みは、私が日本人で、2カ国の食材の知識があることです。お客様も、この店は日仏の文化を持っている、と信用してくださっています」
今後使ってみたい日本産食材は、味噌と梅。味噌はパンに練り込もう、と考えているそうだ。「梅は甘くしても、塩味でも美味しいので、いろいろと作ることができそうです」
Maison Landemaineは、フランスを主体に展開するナショナルブランドだというが、Land & Monkeysは今後、他国への展開も視野に入れているというから楽しみだ。ちなみに、2022年春には、日本の農大で発酵を学んだ息子が、パリに漬物の店をオープンする。「『和の香』という店をマレに開店します。私の前夫である彼の父親は漬物の店を営んでおりまして、小さい頃から慣れ親しんだ、漬物作りをパリで行うことになりました。オーガニックの漬物や豆腐を売り、昼は食堂のようにして、お弁当も販売する予定。この店は日本文化そのものを、フランスに紹介する場所となりそうです」
文・木戸美由紀 写真・吉田タイスケ